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「イスラム国」パルミラ遺跡でまた神殿破壊、非政府組織 [ニュース(国際)]

過激派組織「イスラム国」が、シリアのパルミラの古代遺跡の主張建築物であるベル神殿の一部を破壊した、というニュースが流れました。
5月にパルミラを制圧したイスラム国は、8月25日に同遺跡のバール・シャミン神殿を爆破しています。
ユネスコは、シリアの多様な文化遺産のシンボルの壊滅を狙った戦争犯罪だと非難しているとのことです。

日本人の感覚としては、「世界遺産を壊すなんて信じらない」「人類の遺産なのに」という思いもします。
しかし、いったんこれを宗教上のもの、つまり、信仰の問題としてとらえると、偶像崇拝を禁じる彼らの行動は、信仰に沿ったものといえなくもないということです。
日本人の宗教観といいますか、信仰は、ゆるやかなものです。いろいろな宗教を柔軟に取り入れた風土と、多神教といいますか、アニミズムを主とした神道を土台とする思考がそうさせるのかもしれません。ここが一神教との違いです。したがって、日本人の感覚としては、信仰の問題で争うことはあまり理解できません。確かに、奈良時代には、蘇我氏と物部氏による仏教と神道の争いがありました。明治時代には、廃仏毀釈なるものもありました。仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを目指したもので、神仏分離を押し進めたものです。
しかし現在は、日本人は、仏教も神道も普通に受け入れています。大晦日には除夜の鐘を打ち、新年には神社に参拝を行うことにも抵抗がないのです。

その日本人的な感覚では、一神教であるキリスト教やイスラム教などの信仰には、なにやら理解できないものもたくさんあります。
それは当然ですし、それぞれの信仰は、それぞれの文化とともに発展し、それぞれの国・民族を形作っているものですから、否定することはナンセンスなのです。

今回のイスラム国の破壊行為は、彼らの信仰では、当然のことです。世界遺産であろうが、人類の宝であろうが、彼らの信仰に反するものなのですから。
その一方で、この破壊行為が、信仰とは別の要素、つまり、政治的な判断から起こったものであれば、これはまた別の話です。
とはいえ、信仰と政治の関係は、切っても切れません。

遺産を守る方法は、いったいなんでしょうか。
なにをしたらよいのか、早急に考えないといけません。







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